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あぁ、例えばそうです、今にも地面に触れて割れてしまいそうな、そんなシャボン玉のような気持ちなのです。
やばい、と思いました。 己の本能がただならぬ事態を敏感にも察知し、脳裏にそれを告げる警鐘が響くのを、わたしははっきりと感じていたのです。
目の前には、いつもは気丈な君の、けれどなぜか今日は泣き出しそうな顔がしずかに佇んでおりました。 どうして君がまるで世界の終わりが訪れたかのような、わたしと君との関係が崩れ去ってしまったとでもいうかのような表情をしているのか、わたしにはてんで理解できませんでした。 でもげんに君はわたしの方をその涙を溜めた目で見つめていて、わたしはやはりこれはわたしの所為なのではないかと思って、けれど君を哀しませてしまうようなことをした心当たりがまるでなく、わたしはだから、ちょっと泣きたくなりました。 でもそれは結局のところ泣きたく「なっただけ」なので本当に目から水が出るようなこともなく、ただ時間だけが過ぎていくばかりでした。 さすがにわたしもこの気まずさに耐えかね、またいくら頭を捻って思考しても答えがでるような気がしてこなくなりましたので、ここらで一度声を発してみようと思いました。
「あの……どうしたんですか」
バーロー。 一昔前、某アニメの主人公が放った台詞が一部の人間の間で流行り言葉として新たなデビューを果たしたそうです。わたしもどこで耳にしたのかその「バーロー」という言葉を知っていて、けれどあまり使ってみたいとは思わない言葉だな、とコメントをつけて心の隅にでも置いていました。 それをまさか、こうも微妙な空気の中使う瞬間が訪れるとは。 なんというかかんというか、あまりにちんけで陳腐な言い回しじゃあありませんか。「あの、どうしたんですか」。他人行儀すぎやしないかとか、そんなことで気に入らないのではなく、そんなことがバーローなのではなく、もっとこう、ただ気のきいた言い方がしたかったわけで。 口ベタなのか、なんなのか。どうにしてもバーローです。
けれどもやはり君は優しきかな。 ちゃんと応えてくれるのです。
「……………………もっと、一緒にいたかった」
……はぁ、はて。 わたしはさっぱりでした。 今までまぁざっと6年近く君とともに人生を歩んできたわけですが、今度ばかりは仰っていることがもうさっぱり分からないのです。確かにたった6年、人の無駄に長い長い人生から見ればたった6年の月日かも知れませんが、それでもわたしは君をよく知っていたつもりであり、よく理解していたつもりでありました。君の蜂蜜色の髪がふわふわなのとか、遠くから見れば真っ黒に見える、その睫毛の異常に長い目も実は近くで見ると少しばかり茶色がかった色であることとか、そんないたいけで可愛らしい天使のような外見でも本当は人見知りで俗に言うツンデレででもわたしにだけはめいっぱい甘えてくるとか、そんな風にわたしは君を知って君は私を知ってお互い通じ合っているものだと思っていたのです。
けれど、まぁ。これはどうしたことでしょうか。 もっと一緒にいたかった、って、わたしと君はこれからも一緒じゃないんでしょうか。 あれ、違う?
男同士で恋愛って、いろいろと障害が多いです。 わたし自身しずかに、ゆるやかに、何の凹凸もない生涯を送っていきたいというモットーの持ち主である故、同性を好きになるとか同性に好きになられるとかそういう自ら莫迦みたいに障害を招くようなことはしたくなかったのですけれど、まぁ無理です。なぜってほら、人って恋をするでしょう。恋をされるでしょう。無茶ですよ、無茶。心がけるだけ無駄なんです。わたしはたいして人にも物にも惚れやすい性分ではないと自負していますが、やはり少しは恋をする。愛する。てなわけで、またーりな人生を歩むということはやむなく断念し、色恋についてだけは自分の欲求のままに生きていこう、そう心に決めたのです。けれどね、男同士といったって相手にするのは人間なんです。お互い思っていることがうまく伝わらないことが殆どだし、だから一方が心の底から愛しているのに一方はそれを不器用にも感じ取れないために憤慨してしまう。実際、そんなことも多々経験してきたわたしです。だからいくら君とまるで運命のように相性が良かったとしても、ちょっとはそんな心のすれ違いってあると思っていました。
あぁ、けれど、ねぇ。 冗談ですかね? もっと一緒にいたかった、なんて、それ過去形じゃないですか。もっと一緒にいたい。これです、これ。これじゃないんですか?それとも、やっぱり冗談。 だってほら、そんな言い回しって、なんだか、まるで、そう、
死に際の者が愛する人に言うような
「死に際、の、」
あぁ、いつからわたしの声はこんなにも擦り切れてしまったのでしょう? からからに乾いて、おかしいな、きちんと言葉が発音できてすらいない。 おまけに、
「死に際、の?」
ついさっきすんでのところで水を出しそうになった目から、なにかがぽたぽたと零れ落ちているのです。 変ですよね、とても変。頬が濡れてるんです。雨でも降ってきたのかなって、頭上を見上げたんですけれど、でもだってここは屋内なんです。無機質で少し不安になるような白い色をしているけれど、それでも雨ぐらいからは余裕でわたしたちを守ってくれる天井がきちんとついているんです。 雨なんて降り落ちてくるわけは、ないんです。
ピ―――――――――――。
これまた無機質な、愛想の欠片も感じられない機械音が真っ白な室内に響きました。 何の音なのか、わたしには全く分かりません。予想もつきません。予想も、つかせません。 頭がぐるぐると、ぐわんぐわんと、実に面白い音を立てています。 視界がだんだんと霞がかっていっているような気がします。 遠くから、これも一体なんの音だろう、ぱたぱたと人の走るときによく似た音がしてきています。
わたしはそれらの、一切の事柄を無視します。
わたしはそれらの、一切の事柄を無視します。
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